2018-06

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daily style 車箪笥(くるまだんす)

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この帳箪笥(ちょうだんす)は今のもので、俗に岩手県の岩谷堂(いわやどう)箪笥と呼ばれているもので、求めてから30年ちょっと経つ。
実はその前から江戸の頃のもので意匠のおもしろい箪笥を手元に置いて使用したかったので探していた。


その場合、船箪笥ではちょっと小さいし、衣装箪笥では大きすぎる。それで当時の商家などで帳面等の書類を入れた帳箪笥がいいなと思っていた。でもこれがなかなか見つからない。あっても僕がそれまで専門書で見ていた様なものはなかった。伝世品が少ないところへもって、良品はすでに納まるところへ納まって出てこない。そんな状態なのであきらめかけていたが、当時新作があると聞いた。期待せずに見てみると、これがあった。昔堅気の職人だ。岩谷堂はお隣の宮城県の仙台箪笥と比べると、かなり無骨だが、これはまずまず江戸の頃の造りを踏襲しているし、車輪も備えていた。
車輪は火事の時に押して逃げるのに都合がいいようにした名残を今でも踏まえているのだ。だから車箪笥。正確には車付帳箪笥。

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仕様は、欅の拭漆(ふきうるし)で、飾りの鉄金具は全て鏨(たがね)打ち。30年前でもすでに岩谷堂はラッカーやウレタン塗装の仕上げに、飾り金物は鋳物のものばかりだったので幸運だった。


ごくたまに、よそ様のおうちや店舗で、この手の箪笥を見かける時がある。ラッカー塗りの今様の仕上げだが、デザインは似せているので、さりげなく和を際立たせるのに無理がない。僕はそんな昔チックな箪笥を今に使いこなそうとする意識を持った人に共鳴する。婦人雑誌に似たような使い方を紹介している写真を見ると、もっと記事にしたらと思うのは僕だけかな。
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daily stye 大壺から思うこと

長い間、僕は骨董品にひかれていた。夢中だったと言ってもいい時期もあった。今も関心はあるが、あの情熱はもうない。
同好の士には、よく贋物をつかまされたとかの類の話を聞くが、僕は今までそんな事がなかった。
それは先達のおかげが大きかったと思う。先達の方々に守っていただき、教えて頂いたのだと今も感謝している。

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その当時、僕をよくかわいがってくださるご夫婦がおられ、お二人は、油絵、日本画、お茶、陶芸、民芸、料理そして骨董ととにかく知識が豊富で、しかも資力も大きかった。僕はお二人の爪のアカを煎じて飲む立場でしかなかったが、そんな僕が唯一、講釈口をたたけたのは酒の話だった。お二人はほどんど飲まなかったと言うか体が受け付けなかった。


そんな酒だけの僕がお二人を最初にうらやましがらせたのがこの壺だった。お二人は壺を見てなにかと時代を推測してくださったが、自分では検討もつかない僕はただニヤニヤと笑うしかなかった。なにせ、骨董屋の主人が越前とまでは言ったが、あとは濁して言わなかった。判りにくいもの、越前は。値引きを頼むと思わぬほど引いてくれたものだ。
まぁ初心者の自分が買った壺を先達のお二人が気に入ってくれたので、ホッとしたことを覚えている。
お二人の先達は残念なことに亡くなられたけれど、今でもこの壺は僕の家の玄関の隅に据わっている。鎮座していると言う方がいいかもしれない。内に那智黒を入れて傘立てにしている。那智黒は傘の石突きから底を保護するためだ。寸法的には直径55cmの高さ60cm、まぁ大物の端くれの壺だ。

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ところで、初心者に先達がつくかつかないかは、この世界では大変重要だ。
よく骨董者の主人が先達を買って出てくれる場合があるが、まぁこれは赤ずきんちゃんに類する話もよく聞くし・・・

その類の数ある人門書は「初心者であってもあなたの気に入ったものを買いなさい。恐れず、あなたの感性を信じて・・・」と書いてある。

実はこれがウソ。まったくのウソです!

いい風に見える物は非常に多くて浜の宮海水浴場の砂の如くあるけれど、いい物は指でつまむ如く少ない。
自分では何処がいいのか解らないが、周りの先達の方々が進めるから仕方なく買った物が、毎日眺めて手に取っていると、その良さがだんだん解ってきて、最後にはほおずりするようになる。そんなもんです。この世界は。


別に自分が気に入った物を自身が満足しているならいいんじゃないという考え方があるが、生きている限り、いろんな情報が入ってきて、いつかは自分の満足度も揺らいでくる。何事も独りよがりは避けた方が良い。
骨董に興味がおありなら先ず良き先達を見つけること。その先達がほかの良き先達を呼んで、あなたの世界が広がるきっかけを作ってくれる。

でもこれって、人生すべてにあてはまると思いませんか。

daily style 美について

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秋の風に気付くころになると、この壺に出合ったころを思い出す。僕自身も若かった。そして若さにまかせて「美」を懸命に探していた。いや心が放浪していた。

そのころ建築の世界を初めて覗き見した僕は、自分の中になにも「美」について語る物がないことに気付き、あわてていた。たしかに建築は「美」とは縁遠いと思われるあまたの職人が無心に造っていたし、現在もそれは変わっていない。しかしそうして出来るものは、とても「美」に近いものだった。なぜだろう。おそらくそこには、民芸の思想と通じるものがあるに違いない。しかもそれは実際一段と大きかった。そしてそれに比較して僕自身は一段と小さかった。

「美」について知りたい。「美」に少しでも触れてみたい。気がつけば僕は休みとなると近郊の美術館めぐりをしていた。

そんなある日、僕はこの壺と大阪のある美術店で出合った。
壺は素朴な青磁の肌に一面に萩の花を散らしていて、秋の寂しさを湛えていた。それを見て僕はその寂しさの世界に浸りたくなった。


こうしてこの壺は僕の元にきた。「美」が少し僕の側に寄ってきたような気がした。今では座敷の床脇に時節を問わず座を占めているこの壺が、一番美に近くなるのはこれからの季節だという事をあの頃から僕は感じている。

daily style  庭の石塔

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庭のバルコニーに据えてある石塔です。
僕は家の墓が紀南にもあるんですが、なかなかお参りに行けないので、普段はおまいり塚代わりにして手を合わせています。
25年前に兵庫県の方へ行ったときに求めたもので、当時より白洲正子さんが好きでよく読んでいましたが、この塔は、その白洲さんの家の庭の石塔に少し似ている気がします。そちらは時代は鎌倉だそうですが・・。

でも、20年ほど前に和歌山でも当時有名だった古美術商の方のお家を建築させていただいたときに、うちの家に遊びにこられたその方の目に止まって、高値で売ってくれと言われて困ったことがありました。そんな高価な値段で求めたものではありませんし、おまいり塚にしているので、せっかくですがお断りしました。
代わりに四方仏の古い蹲踞を差し出して喜んでいただきました。

それにしても、当時から僕はこんなものが好きだったんですから、周りの人達には変わった男と思われていたのかもしれません。

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